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感想ブログ~演芸(落語・浪曲・講談)etc.~

2020年の演芸と私

※極私的で偏った自分の守備範囲のみの内容です。
 演芸界全体のことは把握しておりません。

2020年
、演芸客として特筆すべきは無論新型コロナウイルス
(Covid-19)の影響で寄席や演芸会が軒並み休業を余儀なくされた
ことに尽きる。

「補償無き要請」に苦しむ興行主や演者の方々は、応急措置と
してデジタル「配信」を導入することになったが、それが普通
になった現在は、提供する側も受手側も、メリットとデメリッ
トを認識して淘汰できるまでになっている。

個人的に「配信」のメリットは今まで客として参加できなかっ
た全国の人達が視聴可能になる、という一点を措いて他にない
と考える。「生」(LIVE)が至上であることは言を俟たない。

しかし弊害なく画面に集中することは確実なので、聴き流して
いた部分を意識できるというメリットはある。浪曲の『茶碗屋
敷』に講談の「明智左馬之助湖水渡り」のくだりがあることに
初めて気づかされたのは配信を集中して聴いたからだ。ってそ
れは私が迂闊というだけの話だ。

2日現在、東京・神奈川・千葉・埼玉県各知事が、政府に緊急事
態宣言発令の要請をしたというニュースが流れたので、この先ど
うなるか分からない。
再び寄席や大小関わらず演芸会が休業・中止の憂き目にあうなら、
期間は不明だがまた配信がメインになる恐れがある。

そして再びLa Distinctionディスタンクシオン問題が浮上してくる
のである。平たく言えば演芸客の富裕層と貧困層の差の拡大、と
いうことだ。



《2020年に聴いた高座》
2020年に拝聴・拝見した高座は505席(視聴料を払った配信分を含
む)で、内訳は

落語:214席
浪曲:169席
講談:69席
色物:53席

となるが、落語が最も多いのは寄席に行ったためと考えられる。
配信で視聴料を払っても期限を過ぎてしまい見られなかった分に
関してはカウントしていない。



玉川太福さん》

2017年に初めて拝聴して衝撃を受けて以来、緩く追いかけている浪曲
玉川太福さん。曲師のみね子師匠と共に、浪曲を聴くきっかけを与え
て下さった方で、2020年も可能な限り伺った。
浪曲169席のうち、130席は玉川太福さんである。


は特に印象深かった口演、丸数字は聴いた回数
天保水滸伝 「鹿島の棒祭り」』⑤
天保水滸伝 「笹川の花会」』④
天保水滸伝 「繁蔵売り出す」』③
天保水滸伝 「蛇園村斬り込み」』②
天保水滸伝 「平手造酒の最期」』③
天保水滸伝 「繁蔵の最期」』④
清水次郎長伝 「石松代参」』④
清水次郎長伝 「石松三十石船」』③
清水次郎長伝 「お民の度胸」』①
清水次郎長伝 「石松の最期」』①
清水次郎長伝 「石松と身受山鎌太郎」』②
『大瀬半五郎 第五話「草加の夜嵐」』①
『大瀬半五郎 第六話「地蔵の首供養」』①
『青龍刀権次 第一話「発端」』②
『青龍刀権次 第二話「召し捕り」』①
『忠治山形屋』②
天保六花撰 「河内山と直次郎」』①
『松阪城の月』③
陸奥間違い』②
中村仲蔵』①
『紺屋高尾』①
寛永馬術 「梅花の誉れ」』②
『義士銘々伝 「不破数右衛門の芝居見物」』⑤
『梅ケ谷江戸日記』①
『茶碗屋敷』④
阿武松』②
原敬の友情』③
『若き日の大浦兼武』①


『地べたの二人 「おかず交換」』②
『地べたの二人 「おかずの初日」』⑥
『地べたの二人 「湯船の二人」』⑤
『地べたの二人 「十年」』②
『地べたの二人 「愛しのロウリュ」』③
『地べたの二人 「道案内」』①
『地べたの二人 「骨付きチキン」』①
男はつらいよ 第一作「恋する寅さん」』③
男はつらいよ 第九作「柴又慕情」』①
男はつらいよ 第十一作「寅次郎忘れな草」』④
男はつらいよ 第十三作「寅次郎恋やつれ」』④
男はつらいよ 第十四作「寅次郎子守歌」』②
男はつらいよ 第十五作「寅次郎相合傘」』②
男はつらいよ 第十六作「葛飾立志篇」』①
男はつらいよ 第四十一作「寅次郎心の旅路」』①
『任侠流れの豚次伝 第二話「上野掛取動物園」』②
『任侠流れの豚次伝 第三話「流山の決闘」』①
豆腐屋ジョニー』⑤
『悲しみは埼玉に向けて』①
『銭湯激戦区』①
佐渡に行って来ました物語』①
『サンバが正解』④
『自転車水滸伝~ペダルとサドル~』①
富岡製糸場音声ガイド(実演)』①
『祐子がくる~太福マガジン』①
『続・祐子のセーター』②
『インフルはつらいよ』①
『断捨離下手』①
『明ちゃん』③
『一番線事務室』①
『がらけぇ兄弟ぇ』①


<1月>
3日の浪曲定席にご出演の予定だったが、インフルエンザに罹患
したため、休業された。休むのは入門して以来初めてだという。
代演は国本はる乃さんだった。『インフルはつらいよ』はその時
に出来た新作浪曲

復帰されたのは7日の火曜亭で、何と今度はみね子師匠がインフル
エンザに罹患され、曲師は沢村豊子師匠だった。
そしてもう一人の出演者が国本はる乃さんで、この時にかけられた
演目『亀甲組』に瞠目(耳)して以来、はる乃さんに注目するように
なった。

楽しみだった赤坂での「大瀬半五郎」連続読みが大団円を迎えたが、
今にして思えばこの時期ぐらいから太福さんの公的意識に変化が表
れてきたような気がする。いち客の勘違いかもしれないが。


<2月>
それまでやや敬遠していた浪曲版「男はつらいよ」。ファンである
演者さんがライフワークとしているのであるから、まず映画を観て
みようと思い観始めたら予想外に面白い。山田洋次という人は、
良い意味でも悪い意味でも「インテリ」なんだな、と得心した。
そして映画を観てから浪曲版を拝聴して比較する、という行為自体
が非常に面白くなってきてしまった。
そんなこんなで我ながら意外なことに次回を楽しみにしている。


<7月>

恐らく太福さんの浪曲師人生史においてメルクマールとなるであろう、
玉川一門のお家芸といわれる「天保水滸伝」連続読み公演が2日間に渡
木馬亭で開催された。
「平手造酒の最期」はいつも通り素晴らしかったが、講談の「三浦屋孫
次郎の義侠」に概ね当てはまるほぼネタおろしの「繁蔵の最期」を拝聴
できたのが収穫だった。一門の持ちネタにはなく、持している東家一門
(浦太郎師匠)の許可を得たという。参加できただけで幸福な会だった。



<10月>

富岡製糸場西置繭所オープン記念として、担当された音声ガイドを現地
で実演するイベントに参加した。研究分野を近代と自認している以上、
富岡製糸場には以前から行かなければならないと思っていたのでこれが
好機とばかりに伺った。
スタッフの方に「よろしければ一番前にどうぞ」と促されたので、恥ず
かしかったが最前列の真中に座り拝聴。曲師は伊丹明師匠だった。
実に素晴らしく、言葉では表しがたい程感動した。みっともないので涙
が出そうになるのを必死に堪えた。今年の太福さんの口演の私的ベスト
だ。
いや今年のではなく一生の、かもしれない。年寄り臭い言い方だが冥途
の土産になるぐらい、記憶に刻み込まれた。


<11月>
太福さんが第37回浅草芸能大賞新人賞を受賞されたことを記念して、
浪曲定席木馬亭初トリ公演が開催された。目出度さの極致である。
お花を出したかったが個人名で出すのは憚られたしかと言って「ファン
より」とするのもどうかと思ったので諦めた。
演目は「平手造酒の最期」だった。終演後みね子師匠を衝立のかげから
お呼びして、御二人並んで深くお辞儀をされたのを見て感極まったが、
またしてもみっともないので涙をこらえた。
(はる乃さんが記念の会に何故『亀甲組』を選んだのか謎だ)


ラジオDJ他どんどんメジャーになっていく太福さん。
客筋としてますます疎まれそうな気がするが、2021年も
可能な限り伺いたいと考えている。



《その他印象深かったこと・人》


①国本はる乃さん
上述したように『亀甲組』を拝聴して以来注目し、
「赤坂で浪曲」主催の国本武春師匠トリビュート
という趣旨の独演会にも伺った。残念ながら全3回のうち
3回目はコロナウイルスの影響で延期になってしまった。
稲田先生作の新作もあったがやはり『赤垣源蔵徳利の別れ』
矢頭右衛門七』が掛け値なしに素晴らしかった。
そして曲師が国宝級の豊子師匠となれば鬼に金棒を地で行っ
ている。
3回目は今年の4月に開催予定されている。ネタ出し『紺屋高尾』
『大石山鹿護送』とのことなので、是非伺いたい。



イエス玉川師匠
昨年ぐらいに復帰されたと知り是非拝聴したかったイエス玉川
師匠。太福さんとの二人会という願ってもない会が9月にあり、
脊髄反射的な反応で伺った。
浪曲なので神父姿ではなかったが、テーブル掛け他一式が、
いわゆる「ゴス」チックで非常にスタイリッシュなのが意外
だった。
太福さんにとっては一門の「伯父」に当たる人で、喩えれば
当代伯山先生にとっての愛山先生のような存在だろうか。
エス師匠と愛山先生では硬軟の度合いが180度異なるが。
非常に独創的な節回しが魅力的だが、良くも悪くも昭和の芸
人の権化といった感じで、マクラや漫談の部分の客いじりが
顕著かつ横暴に過ぎる。特に直接いじるのではなく、当てつけ
がましくいじるのは芸ではなくただの嫌がらせでしかない。
それをパワハラ、セクハラ、と言って糾弾するような野暮な
ことはしたくないが、「生ける昭和の遺物」として諦念と共に
見逃すには一抹の口惜しさが残る。



③真山隼人さん
まだ二十代の関西の若手浪曲師だが、前回の文化庁芸術祭賞
新人賞を受賞された注目株で、生粋の浪曲マニア。
コロナウイルス禍で休業を余儀なくされ、曲師の沢村さくら
さんの手を借りて、手作りにこだわった自作CDをリリースした。
現在までで6枚出ており、すべて購入させて頂いた。
トータルで何百枚も売れたらしい。
演題をみると、意外と言っては失礼だが、感性がナイーヴである
ことが分かる。はる乃さんとともに「恐るべき二十代」である。



④東家孝太郎さん
昨年『倍音歌謡浪曲義経地獄破り」』という驚天動地の作品を
披露して浪曲界を騒がせウケまくっていた孝太郎さん。
平手造酒登場で「天保水滸伝」の外題付けを唸る場面があるが、
やや倍音をきかせた節回しが素晴らしく、全編拝聴したいと思わ
せられた。
「赤坂で浪曲」主催で孝太郎さんによる「幡随院長兵衛」連続読
みの会が開催され、ここぞとばかりに申し込んだ。一回目は体
調不良で残念ながら参加できなかったが、二回目は参加できた。
大変素晴らしかったので、最終回もできれば参加したいと考えて
いるのだが…2021年は孝太郎さんにも注目したい。




⑤林家楽一さん

紙切り芸の至宝林家正楽師匠のお弟子さん。寄席で初めて見て、
外見及び物静かで可笑しみのある高座が大変魅力的だったので、
ブログを見てみたところ、現在の外見とはかけ離れた丸っこい
宣材写真に驚かされた。何故写真を変えないのだろう。何かを
避けるためだろうか>笑
楽一さんまたは正楽師匠に紙切りのお題をリクエストするのが
2021年の目標の一つだ。



宝井琴星先生
毎回ではないが一昨年から伺うようになった一龍齋貞橘先生@
らくごカフェの会「講談貞橘会」。
ゲスト出演されていた琴星先生を初めて拝聴した。
ラフカディオ・ハーンに隠れたもう一人の日本童話作家
ゴードン・スミス原作の「白羊塚の由来」を読まれたが、大変
面白く興味深い話だった。
他にも近代の和洋折衷的かつ怪しげな話をお持ちのようなので、
機会があれば是非拝聴したいと願っている。



瀧川鯉八『おはぎちゃん』
 林家きく麿『スナックヒヤシンス』
 三遊亭兼好『氷上滑走娘』
文句なしにただただ面白い師匠方の傑作新作三題。



⑧琴調六夜@鈴本演芸場
暮れの琴調先生鈴本トリ興行に伺いたいと思いつつ叶わなかったが、
昨年ようやく念願が叶い伺うことが出来た。
素晴らしい顔付けで、琴柳先生を初めて拝聴できたのも良かった。
琴柳先生の侠客物を拝聴するのも2021年の目標の一つである。
寄席で琴調先生を拝聴するのは初めてだったので、出囃子として
木賊刈り』が流れてきて心底驚いた。
何故談志家元と同じ出囃子を使われているのだろうか。
想いが錯綜して泣きそうになったが何とか堪えた。



⑨蜃気楼龍玉師匠
一昨年から注目し始めた龍玉師匠。未だ拝聴した高座の数は
少なく、十八番ネタの『鰍沢』を配信で拝聴することが叶っ
たがやはり生高座で拝聴したい気持ちが募った。
先月「これどの龍玉」の会で拝聴した『大坂屋花鳥』が最も
印象に残った高座だった。
2021年も引き続き龍玉師に注目していきたい。