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感想ブログ~演芸(落語・浪曲・講談)etc.~

『師匠』 立川志らく(集英社 2023)

『師匠』 立川志らく (集英社 2023)

 

  


立川志らく師が「小説すばる」で師匠立川談志との逸話をもとにした
エッセイを連載していることは寡聞にして知らなかった。
本書が出ることを知り、志らく師がテレビの朝のバラエティー番組に
MCとして出演すると知った時と同じくらい少し驚いた。
そして『雨ン中の、らくだ』(太田出版 2009)を想起せざるを得なかった。
本書は帯の言葉を引用すれば、

志らくによる談志 落語をめぐる、壮絶なる師弟の物語”

であり、『師匠』の前駆的著作と言えるだろう。ただし、「まえがき」
にもあるように、第24回講談社エッセイ賞を受賞し、豪華キャストで
ドラマ化された兄弟子談春師の著作『赤めだか』(扶桑社 2008)を多分
に意識し、二匹目のドジョウを狙った感が濃厚な、下心が仄見える。
そのため『師匠』よりも本音が荒削りに生々しく出ており、志らく
が好きな談志の持ちネタの章立てになっていて読み易く、今読んでも
十分に面白い。

では、師匠談志の逝去後メディアに大々的に露出し、「朝の顔」にま
でなった志らく師が、改めて披歴した師匠に対する意識は、どう発展
変化しているだろうか。
『雨ン中の、らくだ』は「『談志と志らくと、時々、高田文夫』が隠
れタイトル」とされ、実質ふたりの師匠を軸として書かれていた。
『師匠』では、やや粗い目の織物をほどき、談志家元、高田文夫先生
(一介の客が先生と呼ぶことをお許し願いたい)、談春師の糸が太く目立
つ色になりつつ繊細に織りなしている印象である。

師匠と弟子、その恋愛でも宗教でもない、甘辛い蜜の関係性の面白さ
は、芸に秀でた人間同士の情にまみれた駆け引きの面白さに等しい。

1993年の深夜にフジテレビで放映されていた「落語のピン」(検索して
エンディングが国本武春師匠の『ええじゃないか』だったことを知る。
まったく記憶にない)を観て、子供ながらに談志家元のファンになり、
ようやく自分で稼いだお金で落語会に行けるようになった時には談志
家元は病に侵されていた。まず談春師の独演会に行き、志らく師の独
演会にも行くようになった。
2011年の東日本大震災発生直後の独演会にも命がけ(当時はそんな気構
えだったが大袈裟かもしれない。寄席は翌日から興行していたわけだし)
で行き、談志家元を継ぐかたちの年末のよみうりホールでの独演会も7
回までは皆勤だった。
しかしいつしか志らく師の独演会には足を運ばず、談春師の独演会に集
中するようになった。
本音を言えば志らく師の演劇熱にはまったく興味をもてず、落語にも身
内(家庭)の影が濃く見えるようになったからだ。
それ故第三章で、演劇に夢中になり落語が疎かになっていたと自覚し、
高田先生(酩酊されていたのは照れ隠しだろうか?)に諭されたと書かれ
ていたのが意外であり、自分の感覚が間違っていなかったことが分かっ
て不思議な安堵感を覚えた。

高田先生の小言は朝まで続いた。
ようやく解放されたとき、私は人気のない銀座の町にたたずみ、
泣いた(p177)

このくだりを読み、涙を禁じ得るはずもなかった。
志らく師の独演会に足を運ばなくなってから暫く後の5年前、久し振り
三鷹の独演会に行き、初めて志らく師の『黄金餅』を拝聴した。
かけること自体が珍しいのではないだろうか。凄まじい、心が打ち震え
る高座だった。特に願人坊主の西念があんころ餅に銭をねじ込んで呑み
くだす場面は、鬼気迫る凄さで客全体が呆気に取られ硬直する程だった。
その様子は内なる何かと闘っているようにも見えたが、内なる談志家元
と見るのは穿ち過ぎだろうか。
いずれにせよ、この時志らく師の軸足が演劇ではなく落語に置かれてい
たことは確かだ。

志らく師と談春師の関係は複雑怪奇だ。アイドル並みだったという立川
ボーイズの延長としての連帯関係もあるだろうが、志らく師が本書で何
度か談春師を「かわいらしい」と言っているのが印象的だ。
好敵手にして談志家元の血を分けた兄弟分としての余裕だろうか。
談春師が何年か前の独演会のマクラで「志らくがいなければ談春は存在
しない。談春がいなければ志らくは存在しない」と言っていたことを思
い出す(うろ覚えだが主旨は違っていないはず)。
師匠談志家元は、お二人をどう見ていたか。

この二人、最低線(いまのまま)でも充分喰える。けど、
家元という原点(もと)が居なくなったとき、それを自評
するセンスだけが心配であるが、これとて仕方あンめぇ、
生成り行きでござんす…。
高校生の談春、大学生の志らくも、大人の歳ンなった。
月並みだが人生は速い。「充分に生きろ」である。
(『芸談 談志百選』中央公論社 2023 p306)

限りなく親切な師匠、談志家元を裏付ける文章が『談春 古往今来』
(新潮社 2014)にある。

師匠はよく言っていました。
「偉くなると大変なのは、良いも悪いも善悪も全部、
 自分で判断しなければならないことだよ。
 その自分の判断の良否も、また自分で考えなきゃ
 いけない」
 (p134)

談志家元が師匠小さんは心のなかにいる、と言っていたように、
お二人の心のなかに今も師匠談志はいるのだろうか。

談志家元が現実に存在するかしないかの差があるが、『師匠』の
最後は『雨ン中の、らくだ』と同じような場面で終わる。これは、
意図的にしたことのように思える。
本書は落語家に限らず師匠と弟子の秘密の情(錠)を解く鍵であり、
滅法面白い鎮魂の書である。

玉川太福五夜連続独演会2023

2023年5月22日(月)~26日(金)

 

玉川太福五夜連続独演会~
     天保水滸伝連続通し口演~」

@新宿道楽亭

 

 

道楽亭での五夜連続独演会は今回で四度目とのこと。
今回も五月の第四週、玉川福太郎師匠のご命日が含
まれる日程である。
今年は十七回忌にあたり、例年全日曲師はみね子師匠
だったがご命日当日をはさむ三日間は山形に帰省され
るためお休みだった。

初回は『男はつらいよ』連続口演、二回目は『地べた
の二人』二席プラス日替わりテーマの二席、昨年の三
回目は『任侠流れの豚次伝』連続口演で、私は二回目
から参加したが、五日間連日ではなかった。
今回初めて五日間通して参加できたわけだが、振り返
れば二回目の「地べたの二人」シリーズは短尺とは言
え一日四席を五日間連続でこなしていたのだから、
太福師もみね子師匠も相当タフである。

一年後の今回は太福師に二人、みね子師匠に一人お弟
子さんがいて一門会の様相を呈していた。前三日間の
前読みは一番弟子のわ太さんで曲師は鈴さん、後二日
間の前読みは二番弟子のき太さんで曲師はみね子師匠
という布陣そのものが感慨深く期待が高まった。

浪曲は一人一節」といわれる。ややコンパクトなこ
の会場では、網目の差が顕著に身体に直接伝わってく
る。節は空間と時間を支配するが、その支配の有り様
は実に様々だ。例えば天中軒雲月師匠は小波大波を自
在に操るがごとく、大利根勝子師匠は雷鳴か巨星降る
がごとく。
太福師の『天保水滸伝』を筆頭とする古典の節は、聴
いていると固まった時間がゆるりと解けて滔々と流れ
ていくような感覚を覚え、いつの間にかその流れに吞
まれていることに気づく。近年はさらに耳や腹をビリ
ビリ震わせる迫力がある声に加え、滋味深い声、揺ら
ぎの声等のヴァリエーションが増えて、聴いていてと
ても心地よい。

今年は五日間その感覚をじっくりと味わうことができ
るうえ、”侠客づくし”で啖呵も堪能できるという大盤
振る舞いだ。
しかし大入りの予想に反してこの贅沢な空間は何故な
のか?
昨年の豚次伝では実現場はまだしも配信の方は五日間
のトータル200人越えと伺ったが此は如何に…
他の主催者による『青龍刀権次』連続読みは満席だっ
たと聞いたので、太福師の古典に人気がないわけでは
ない。すぐ近くの寄席で夜トリを取っていたのがお仲
間の某師だったとか、複合的な理由があったのかもし
れない。

 

天保水滸伝』は玉川派のお家芸とされている。
浪曲界には他派の持ちネタ(特に連続もの)を演じては
ならないという不文律があるようだが、浪曲という話芸
を後世に繋いでいくためにはもっとオープンにして誰で
も着れる着物にした方が良いのではないだろうかと客の
分際ながら思ってしまう。お家芸としての格はそのまま
で、手綱をゆるめて広範囲動けるようにすれば浪曲界そ
のものが活況を呈して後継者の問題もなくなるのではな
いだろうか。
伝統芸能であるからには、派としての格が大事であるこ
とは確かだしそれが魅力のひとつだと思う人もいるだろ
う。素人の勝手な思い込みだが特に木村派の後継者が現
れることを願ってやまない。言っても詮無いことだが、
もし自分が今20代、せめて30代だったら木村勝千代さん
に弟子入りしたかった(受け入れて頂けるかどうか分から
ないが)。

 

いずれにせよ、現時点で侠客ものの真髄としての『天保
水滸伝』を聴けるのは太福師の口演以外にはないと思う。
しかも至近距離で真正面から浴びることができるのは、
滅多にない好機である。

 

5月22日(第一夜)

わ太/鈴『阿漕ヶ浦
太福/鈴『清水次郎長伝「石松代参」』
~仲入り~
太福/鈴『天保水滸伝「繁蔵売り出す」』

「侠客づくし」と銘打つ今年は古典のみ十席。

第一夜、わ太さんは玉川一門に入門したら最初に習う演目
阿漕ヶ浦』。正直何度も聴いているので覚えてしまい、
唸れるのではないかと思うほどだが、わ太さんはだいぶ馴
染んで独自のクスグリなども入れ、深みが出て来た。
ただ、声量が過多で節も啖呵も同じ声量のため、会場が声
で満杯になり破裂しそうな感じになってしまい、やや辛かっ
た。
後で師匠からの指導があったが、この経験により会場の面積
によって声量を加減することを実地で学んだことになる。
師弟のやり取りを垣間見て、その場で演者さんの成長を見守
れるのも客としては得難い経験だ。

「石松代参」は玉川版の道中付けがあるもので、節付けが楽
しいこちらの方が断然好きだ。

「繁蔵売り出す」は芝清之の脚色。太福師が古典を演じる際、
必ず時代背景や内容に関する面白いエピソードをピンポイン
トで説明して頂けるので物語世界に入り易い利点がある。
それは同時に太福師の浪曲師としての個性でもある(或いは使
命?)。
福太郎師匠の外題付けを思い出して涙腺が緩んだが、無論
太福師の節は太福師独自の節だ。最後の「実るほど 首を
垂れる 稲穂かな」でまざまざと稲穂の姿が脳裡に浮かんだ。
節は耳から映像と感情を生み場を潤す。

〽人というもの ままならず

 

5月23日(第二夜)

わ太/鈴『不破数右衛門の芝居見物』
太福/鈴『梅ヶ谷江戸日記』
~仲入り~
太福/鈴『天保水滸伝「鹿島の棒祭り」』


太福師の師匠、みね子師匠の伴侶玉川福太郎師匠のご命日。
昨年は前日が日曜日だったので墓参に行けたが、今年は前
々日で体調が思わしくなかったため行けなかった。
この日に玉川のお家芸天保水滸伝』を生声で聴ける喜び。


わ太さんは太福師が何故か『阿漕ヶ浦』より先に一番最初
に習った「不破数右衛門」。師匠の教えに従い今日の声量
は良い意味でセーブされ、前職でのプレゼン力が生きたで
あろうクスグリもバッチリ決まっていた。

梅ヶ谷江戸日記』は福太郎師匠の得意ネタだった。何度
でも言うが、福太郎師匠に間に合わなかったことは一生悔
やんでも悔やみきれない。
梅ヶ谷関の「お大名でもおこもさんでも、梅ヶ谷を贔屓に
しようという心にかわりはない」という言葉は、美しい心
の在り様を率直に表しているが、結局おこもさんは火消し
の頭新門辰五郎で、千両箱を馬に載せてやってくる。
梅ヶ谷関が本心からそう言っているがゆえの摂理なのだ。
多分。

仲入りの時間は鈴さんとわ太さんによる浪曲会の宣伝コー
ナーとなり、日増しに上達して勢いを増していくのが可笑
しくも感心させられた。


「鹿島の棒祭り」。往時は子供も口ずさめたという外題付
けは、過去の音源も含め数えきれないほど聴いているが、
何度聴いても飽きないし詞の美しさと節の流麗さに心を奪
われ、利根の川に出でて幕末に颯爽と運ばれる心地がする。
その後の平手造酒を中心とする活劇の楽しさ。『天保水滸
伝』は講談より断然浪曲の方が好きだ。節はそれだけでカ
タルシスを約束する。
突然の”犬婆”と白いむく犬登場の不思議な可笑しさ。
それにしても「曲斬り」とはどういう斬り方なのだろう?

 

5月24日(第三夜)

わ太/鈴『寛永馬術 愛宕山 梅花の誉れ』
太福/鈴『明石の夜嵐』
~仲入り~
太福/鈴『天保水滸伝「笹川の花会」』

 

「梅花の誉れ」は福太郎師匠の場合、間垣平九郎の前の挑
戦者が石段から転落する場面でとても可笑しいクスグリ
入るが、わ太さんは虎造版「石松代参」のごとくあっさり
終わる。太福師も福太郎師匠はこうやっていた、と説明す
るのみだ。福太郎師匠そっくりそのままではない独自のク
スグリがあったら面白そうだと思うのは素人の浅はかな考
えだろうか。
曲師が鈴さんだと馬術らしくより軽快に聴こえる。

『明石の夜嵐』は立川談志家元が贔屓にしていた浪曲師の
一人、寄席読みの名人東武蔵の十八番ネタで、福太郎師匠
の持ちネタでもあった。
寄席読みの浪曲は通常よりテンポが速いと仰っていたが、
東武蔵の口演を聴くと確かにテンポが速いと言うかとても
リズミカルだ。メロディのない節語りキッカケがとても多
く、啖呵はスタッカートじみてタッタカしている。

【スタッカート】本来の音価(ある音<休止>に与えられた楽
譜上の長さ)よりも短く演奏すること。
ということは、無意識に尺を速めているのだろうか。
東武蔵が酒を注ぐときに舌を鳴らしててってってっ、と出す
擬音(ザ・ぼんちのおさむちゃんのアレ)がすこぶる愉しく軽
快だ。

キッカケと言えば、浪曲師港家小ゆきさんのyoutubeチャン
ネル「浪曲音楽部」(音楽界から浪曲界に入った浪曲師、
小ゆきさん、東家孝太郎さん、天中軒すみれさん、東家志乃
ぶさんがメンバー)の「節」に関する考察動画で、キッカケが
西洋音楽の歌唱法”レチタティーヴォrecitativo"(話すような独
唱)に似ていると指摘されており、確かにそうだ、と膝を打っ
た。

話自体は侠客ものの残酷さのなかに滑稽味が混在しており、
動きも多く太福師の持ちネタとして適確のように思える。
歌舞伎の『伊勢音頭恋の寝刃』の前段ということだが、副
題が「祟る妖刀」なので刀にまつわるエピソードゼロ、と
いったところだろうか。
芝居ネタとなると視覚的要素が重要になりそうだが、浪曲
には節という最強の情景描写がある。

講談の『古市十人斬り』にこの段があり、昨年宝井梅湯さ
んが連続読み公演をされていたが、残念ながら拝聴する機
会に恵まれなかった。この段だけでなく全編拝聴してみた
い。

鈴さんわ太さんによる仲入りの告知漫才(?)タイムも今日が
最終日でヒートアップし、まるで姉弟コンビのようだった。
そして太福師の湯呑みはご愛用のいつもの湯呑みではなく、
林家たけ平、三遊亭萬橘両師を主とする新生”にっぽり館”
の湯呑みだった。昼のオープン記念公演にゲスト出演した
流れのようだった(同じく宣伝告知の意図)。

「笹川の花会」は太福師の古典持ちネタ十八番と目される
一席であり、いつどこで聴いても不満に思ったことはない。
特に啖呵の凄味、迫力、緊張緩和の加減が絶妙だ。
侠客のスターが一堂に会する豪華で張り詰めた景色のなか
に流れる美しい義侠心。今席も素晴らしかった。

 

5月25日(第四夜)

き太/みね子『阿漕ヶ浦
太福/みね子『国定忠治 山形屋
~仲入り~
太福/みね子『天保水滸伝「蛇園村斬り込み」』

 

この日から曲師はみね子師匠、前読みは二番弟子のき太さん
になった。
そしてBS朝日の「自分流」というTV番組の密着取材が入ると
いう。極力映りそうもない場所に座ると決めていた。

き太さんは来月6月の試験に受かれば定席デビューが叶うとの
こと、客としては見守ることしかできない(後日、合格して8
月の定席デビューが決まった)。

国定忠治 山形屋』。玉川版忠治はこの「山形屋」しか聴い
たことがないが、太福師によれば全十話あるという。自分が
生きているうちに拝聴できるだろうか。諧謔と侠気の格好良
さが交々あらわれる、これもまた太福師の芸風を象徴する古
典ネタで、今席も聴き応え十二分だった。

「蛇園村斬り込み」。TVカメラの影響もあったかもしれない
が、斬り込みの場面が超絶素晴らしかった。客の見えない熱
視線の束をはっしとつかみ、縦横無尽に振り回すがごとくの
熱演。客席全体が陶然として、私は胸の内でひゃーひゃーと
声なき声を叫んでいた。たまらなかった。
これぞ浪曲侠客ものの極点の一つだ。

 

 

5月26日(第五夜・千穐楽)

き太/みね子『阿漕ヶ浦
太福/みね子『天保水滸伝「平手の駆け付け」』
~仲入り~
太福/みね子『天保水滸伝「繁蔵の最期」』

 

とうとう第五夜千穐楽
き太さんは一歩一歩前進している。みね子師匠が導く音は
盤石だ。

「平手の駆け付け」は大師匠三代目勝太郎師匠の流れを汲
むものとのこと。正岡容の脚本で序盤~中盤は講談の「潮
来の遊び」に似ている。ということは落語の『明烏』にも
似ているわけだ。一天にわかに掻き曇る式に大利根河原の
決闘場面となり、息を呑む展開が続き平手死す。何度聴い
ても素晴らしい。

「繁蔵の最期」は初代東家浦太郎の流れを汲むもので、玉
川版の『天保水滸伝』にはなく、講談の『三浦屋孫次郎の
義侠』にあたる。出所は同じ講談本なのだろうか。
侠客の義侠心を謳いあげる節はやはり最強のカタルシス
現出する。大団円。



実に濃密な至福の五夜だった。
道楽亭での五夜連続独演会は今回で最後とのこと。
甚だ残念だが、玉川の清き流れが脈々と続くことを願っ
てやまない。

玉川太福師の口演で初めて浪曲を生で聴き、話芸観が
一変したのが2017年、6年前のことだ。太福師のファン
になり浪曲そのものに魅せられて今に至るが、太福師が
常に”一推し”である理由を改めて考えてみると、着実に
芸を高めつつも常に黎明にいて動いているからだと思い
至った。

初めて聴いたのは自作新作(『銭湯激戦区』)と古典(『中
村仲蔵』)一席ずつで、当初は古典に傾いていたが徐々に
自作新作にも面白さを見出せるようになった。
太福師自身、一時期はソーゾーシーの活動がメインで元々
歴史に興味がなく古典はどうでもいい、という意識だった
ようだが、何がきっかけかは不明だが新作と古典の両輪を
回していく、という考えに変わったようだ。

それに呼応するように私自身も変化していった。客も成長
するのだ。しかし太福師が新作のみで古典を捨てるとなれ
ばファンでいられる自信はない。もちろん有り得ないこと
だが古典のみでも然りで、新作のみしか聴かないという人
もいるかもしれないが私は両輪あっての太福師に浪曲師の
raison d' être(存在理由<価値>)を見出している。創作物以
外の「実況浪曲」「ルポ浪曲」などの新機軸浪曲も画期的
だ。


浪曲に興味がなくなるということは生涯ないし、一人の演
者さんを推しているからといって他を否定することにはな
らない。取り込まれているのは浪曲そのものだからだ。

花は”人”を定めぬものなり。

道楽亭での「時」を感じさせる年季が入っためくり



立川談春独演会2023@小平

2023年4月16日(日)

 

立川談春独演会2023」

 ルネこだいら 大ホール

 

立川談春

『替り目』

~仲入り~

『包丁』

 

(気付かなかったが、立川流定紋は「丸に左三階松」で、これは「丸に右三階松」。二段目の松が右に寄っている)

 

チケットはだいぶ前に購入していたが、この日は「笑点」に、
既に何度か出演されている浪曲師の玉川太福師の曲師として、
御年100歳にして現役の玉川祐子師匠がご出演とのことで、
リアルタイムで視聴するべく仲入りで帰ろうと思っていた。

 

先頃、高田文夫先生プロデュースによる記念すべき落語会で
ある「立川流三人の会」の日に、打ち上げを辞して何故か政
治学者の三浦瑠璃氏と食事会をした現場を写真週刊誌に撮ら
れたことに幻滅していたのでそれでも仕方がないと思った。

 

基本的に芸事とプライベートは別と見なすが、今あの人と懇
意であることが世間に知れ渡れば、自分の立場がどうなるか
分からない人ではないだろう。とは言えその確信犯的な俗物
性を知らなかったわけでもない。
どう言い訳をするだろうという興味もあった。

 

今席も前座なし。春次郎さんはどうしたのだろう。
落語立川流」のサイトで前座に名前がないところをみると、
辞めたのだろうか。

 

”件の食事会には自分のカミさんも三浦氏の娘さんもいた”
と、男女の関係話に収斂させようとするが、世間が「見損なっ
た」と言うのはそうではなくて、落語家としての矜持に対する
疑念である。
そこから人間関係、特に夫婦の信頼関係云々、と言い始めたの
であっまた『替り目』やるのかなと思ったら案の定。
水先が見えてきたので段々不安になってくる。

 

だがマクラというか前説の内容が、長いのは常態だがいつもと
少し異なり、不安を払拭させるように徐々に明晰になってきた。
女性がまだ「春をひさぐ」ことでしか糧を得られなかった時代
の噺を自分は時代に合わせて変えるつもりはない、と言う。
女性の落語家がだいぶ増えたのだから、その人らが変えれば良
い、と。

 

”また『替り目』か、と思ったでしょう?”
(読まれている)

”俥屋さんの所からは長いことやっていない、あっもうこんな時
間だ今日久し振りに『おしくら』やろうと思ったのに出来ない”
(肝が冷えた。私は「そんな時代の噺」のなかでも女性をバカに
し放題のこの噺が大嫌いなのだ)

”あっそうだこの噺のやり方を解説するだけにしよう。
で、今日は『包丁』やりますので”

 

そこから始まった、圓生を端緒として近々真打トライアル興行を
行う弟弟子の弟子(甥弟子?)に至るまでの芸談随談が非常に興味
深く聴き入ってしまうと同時に、仲入りで帰ることは諦めざるを
得なくなった。すべて先を読まれているかのようで、恐くなって
きた。

 

オリジナルは永劫回帰する。ぷるぷる。

 

仲入り後。出囃子が「鞍馬」ではなく「三下り 中の舞」だった。
『包丁』を師匠談志に褒められた話は有名だが、談志が弟子を褒
めるのは、その弟子が危なくなった時だ、ということも何度か聴
いたことがある。談志の「褒め」は救いなのだ、と。
しかし移動中の車のなかで、談志が『包丁』を指南した話は初め
て聴いた(記憶の限りでは)。

 

”お前のは言葉が多過ぎるんだ”

と言い30分位でやり終えたことに驚いたが、後で運転していた人
(誰かは言わず)の話によれば、談志はずっとリズムを取りながら
やっていたという。そんなはずはない、と思ったが運転席のシー
トを一定間隔で蹴っていたらしい。
師匠談志が弟子のために時間を割いてネタをさらい練習したとい
うことに驚くと同時に有難いと思ったが、後で志の輔師の前でも
同じくやってみせたという。志の輔師は”いやあオレは『包丁』は
やらないよ”と言ったとのことだが。

 

私はそれを聴いて、談志は師匠としてではなく、一人の落語家と
して敵愾心をもって『包丁』を稽古したのではないかと考えた。
この話で低位置ながらも置かれたハードルを越えられた客はどれ
くらいいただろうか。
談春師が何故冒頭からの流れで『包丁』をかけると決めたのかや
や訝しんだが、望外の喜びだったのは確かだ。
終演したのはちょうど「笑点」が始まる時間だった。

 

くどいようだが神仏に誓って録音などしていないので、記憶が曖
昧で順番が前後しているのは確実だし捏造さえしている可能性が
あるが、貴重な話を忘れないうちに書き留める必要性を感じた。
すべてを覚えていられるはずもないし、差支えがありそうなこと
については一切書いていない。

 

談春師は来年芸歴四十周年を迎える。
このまま引き続き緩く追いかけるつもりだが、談志家元の言葉を
借りれば、誰かのファンになるということは、果たして良い誤解
なのだろうか、それとも悪い誤解なのだろうか。

どちらであろうと、生き甲斐であることに変わりはない。
Voilà exactemant raison de vivre.

坂本龍一”教授”がいない世界にて

2023年3月28日

 

坂本龍一”教授”が癌と闘病の末亡くなった。享年71歳。
教授は初めて好きになったミュージシャンで、このブログの
一番最初の記事も教授のコンサートに行った時のことだ。

小学生の時YMOを初めて聴いて以来、人生の都度々々に様々
なメディアで教授の創作世界を享受し、その思想や哲学、行
動から教えを得た。
反体制、理不尽に対する抵抗。一見硬派だが、情に溢れる面
も持ち、自分を真摯に晒すことができる明晰な人物だった。

 

音楽を筆頭に映画俳優、その映画のサントラ作曲、ラジオDJ
政治的行動から映画『戦場のメリークリスマス』で共演した
ビートたけし氏の「オレたちひょうきん族」やダウンウンの
ごっつええ感じ」の”アホアホマン”(これは少々頂けなかっ
た(笑))に至るまで縦横無尽に活躍し、世界的規模でその影響
力は計り知れない。

 

教授が好んだという座右の銘とも思えるラテン語の言葉、

Ars longa, vita brevis「芸術は長く、人生は短し」

自分を含む今生きている人々がこの世から消えても、教授
の音楽は生き続ける。人が世界にいる限りずっと。

 

教授と同時代に生きられたこと、生み出した音楽をリアルタ
イムで聴けたことに感謝する。
その音楽は時に先鋭的で、常に豊かで、晩年のピアノの音は
どんな時にも心をならし鎮めてくれた。

 

教授、有難うございました。では、A Dieu(神様の所で).

第三回 立川流三人の会

2023年3月29日(水)

明治座創業150周年記念 高田文夫プロデュース
 『第三回 立川流三人の会』」(夜の部)

 @明治座

 

出演者全員「オープニングトーク
立川談春『お花半七(宮戸川)』
立川志の輔みどりの窓口
立川志らく文七元結
出演者全員「エンディングトーク

 

当会開催が告知された時、矢も楯もたまらない気持ち
になり、かなり動揺した。
明治座の抽選には外れたが、ローソンのプレオーダー
で辛うじてチケットを買えた。
とにかく参加できただけで有難い、夢のような会だった。

プロデュースされた高田文夫先生の、演芸史においても貴
重なブログ「高田文夫のおもひでコロコロ」によれば、
第一回は2005年、第二回は2008年に開催され、紀伊國屋
ホールで行われた第一回では客席に談志家元がおられた
という。
第三回は15年振りの開催ということになる。

 

実に初めての明治座である。普段と違い着物率が低く、
カジュアルスタイルにスニーカー、リュックサック率の方が
高そうだ。「常に”大衆芸能”を意識していた」(高田先生のブ
ログより)談志家元なら是として頂けるのではないかと願望を
込めて思う。
立ち見も出る盛況ぶりに納得。

      

       

ステッカーを頂いた

 

高田先生、志らく師、談春師、志の輔師の順でご登場。
舞台上に桜の木が設置され、時折ひらりひらりと花弁が舞い
落ちる至極美しい演出。
現役のラジオパーソナリティーである高田先生のトークやギャ
グ、突っ込みは最新の時事ネタも取り込み常に神がかっている。

 

しかし御三方同士のトークはなかなか噛み合わず、通訳が必要
なのが可笑しい。
御三方の間柄を喩えれば志の輔師が中心、向かって右が談春師、
左が志らく師のやじろべえのようなもので、ともすれば中心が
沈み、両端が一挙にあるいは一方だけ跳ね上がりがちである。
今日は右が跳ね上がっていたように見えた。

 

昼の部ではじゃんけんで出番を決め、負けた談春師がトリで
文七元結』をかけられたとのこと、時間を考慮した縮小版
だったようだが、そこは談春師のことだからポイントを決め
凝縮した聴き応え十分なものだったに相違ない。是非拝聴し
たかった。

 

夜の部でもじゃんけんの結果今度は志らく師が負けてトリで
文七元結』をかけることになった。負けず嫌いの三つ巴が
たまらなくスリルで可笑しい。

 

談春師『お花半七』。あまり聞いたことがないご自分が前座
二つ目時代の談志家元他立川流噺家さんとのエピソード満
載のマクラが涙ものだった。マクラに時間を割き軽めに、と
宮戸川』の前半部分『お花半七』をかけられたが、お婆さ
んがキャラ立ちしていて、お婆さんをさんざん腐すお爺さん
が「昔はすごい美人だった」「俺だって歳とったんだから人
のこと言えねえやな」などとコンプラ的に殊勝なことを言う
のが可笑しかった。楽しいの一言。

 

志の輔師『みどりの窓口』。鉄板中の鉄板、ただ耳目を任せ
て聴くのみ。客席全体が同じ空気で大いに沸いていた。

 

志らく師『文七元結』。実に初聴きである。出囃子がいつもと
違い、おや、談志家元と同じ…?と以前から気にかかっていた
出囃子だった。
後で志らく師のお弟子さん立川らく兵さんの御教示により、こ
の出囃子は落語では真打がトリの時、歌舞伎では上使など位の
高い役が出る時の「三下り中の舞」であることが分かった。
「中の舞」は能が出所のようだ。おかげで宝井琴調先生が鈴本
演芸場でトリにあがる時の出囃子が何故この「三下り中の舞」
なのかも理解できた(感謝致します)。
志らく師の「文七」は真骨頂であるスピード感に裏打ちされた、
明るい江戸噺だった。

 

エンディングトーク談春師が志らく師の「文七」を評して
「(十代目)馬生だね」と仰ったのが印象的で切なくなった。
志らく師は当初談志家元ではなく馬生に弟子入りするつもり
だったのだ。志らく師の著書『雨ン中の、らくだ』にその時
の心境の変化が詳述されている。

馬生は好きだが落語家になるつもりはなく、最後の高座を聴
いて弟子入りを決心したにも関わらず10日後に馬生が亡くな
り、愕然としつつ学生服で告別式に参列した後池袋演芸場
行き、そこで馬生の思い出だけを語る談志家元を見て心酔し、
追いかけるようになった。
(以下余談。食道癌に侵された馬生の最後の高座はほとんど聴
き取れず、志らく師はその気迫だけの高座に感動して弟子入
りを決心したそうだが、私が最後に接した談志家元の生高座は
正に同様だった。思い出すごとに涙を禁じ得ない)

志らく師が落語家になった背景を知っている談春師の言葉ゆえ
の切なさ。
それを聞いて驚いたと仰る志らく師演じる「文七」は映画『男
はつらいよ』を念頭におき役をあてはめて演じておられるようだ。

 

名残惜しさを拭いきれずそぼ降る雨のなか帰路に着いたが、記念碑
的なこの三人会、次を待たずにいられない。
高田先生には是が非でも長生きして頂きたい。
とは言え自分が生きているという確証はない。

 

田辺凌鶴独演会 これも凌鶴あれも凌鶴(第二十五回)

2023年1月28日(土)

 

「田辺凌鶴独演会 これも凌鶴あれも凌鶴」
 (第二十五回)

 @道楽亭

 

田辺一記『甕割典膳』
田辺凌鶴『大山団地の自治会』

~仲入り~

凌鶴『名刀捨丸』
  『いとしの洗濯機』

 

新年最初の道楽亭での凌鶴先生独演会に参加できた。
縦横無尽に過去現在を行き来する番組内容がきわめて楽し
く、特に創作講談は身近でありつつ無限の可能性を感じさ
せる。


一記さんの『甕割典膳』は何度か拝聴しているが、
聴く度にきつく結ばれていた糸が徐々にほぐれる
かのごとく余裕ができていくように感じられて楽
しい。

 

『大山団地の自治会』
一席目のマクラ(前説)がすこぶる興味深かった。詳述は控え
るが、講釈師及び人としての本音が炸裂(不謹慎だが面白過
ぎます)。凌鶴先生の他人を優先しがちな優しさと、親しみ
やすい為人が伺えた。
今席は知人の団地自治会長さん(女性)の体験談を元に作られ
た創作講談で、旭堂南陵先生のギャグ「講談を聞くとために
なる。落語を聞くとだめになる。」をお借りすれば、まさし
く市井の人同士の人間関係の機微を表し、厄介事を解決に導
く「ためになる」講談だ。そしてその意味合いを古典ではな
く創作(新作)講談で表出するのが凌鶴先生の持ち味かもしれ
ない。

『名刀捨丸』
『善悪双葉の松』の異題があり、浪曲では『山の名刀』の異題
もある。落語版も存在する。
治三郎が道に迷い、捨丸の家に辿り着く所から身ぐるみはがさ
れて鉄砲で打たれる所までは、落語の『鰍沢』を彷彿とさせる。
鰍沢』は三題噺由来の圓朝作もしくは河竹黙阿弥作といわれ
ているが、いずれにせよ影響を受けているのだろうか、それと
も単なるシンクロニシティだろうか。
何度拝聴しても最後の場面ではっとさせられる。

 

『いとしの洗濯機』
凌鶴先生がまだ講談師ではない青年だった頃から30年来のお付
き合いの洗濯機がとうとう動かなくなった。その愛用の歴史と
悲しい別れの顛末を語る創作講談。
琴星先生は講談の台本を洗濯機の渦を見ながら覚える、等のク
スグリに爆笑しつつ、身につまされて涙腺が緩んだ。
私も一人暮らしを始めた時、年長の友人に買って頂いた炊飯器
と20年連れ添い(笑)、哀しい別れをした経験がある。
肉親より長い間生活を共にすればそれは単なる機械(モノ)では
なくなる。炊飯器を捨てる時、抱えながら何度もありがとう、と
言いつつ少し泣いたことを思い出した。
恐らく多くの人が同じような経験をしているはずだ。
凌鶴先生のモノ語りは真に迫り最後は温かいお湯のように心に
沁みた。

 

今回もとても良い会だったが、贅沢な空間が勿体なさ過ぎる。
その立場ではないがどうにもできない自分が歯痒い。
常連のお客さんがお弟子さんになったはいいがお客が一人減っ
てしまい嬉しくも悲しい、という言葉が印象深く複雑だった。

2022年の演芸と私

2022年の演芸と私

※極私的な偏った内容です。演芸界全体のことは把握しておりません。

 

2022年は昨年に引き続きコロナウイルスが収束することはなく、
12月31日の東京都の新規感染陽性者数は約1万2千人となっている。
ワクチンやマスクが鉄壁であるとは限らないが、感染確率の可能
性を減らすことは確実だと考えて実行している。

寄席や各会会場は依然として入場時の検温、マスク着用、飲食禁
止を徹底しており、今の所クラスター感染は発生していない。
自分自身も有難いことに感染することなく済んでいる。油断大敵だ。
一連の過程で「主催者」(席亭)にスポットが当たった年でもあった。
クラウドファンディングに成功して再開存続したり、惜しくも休業
を余儀なくされたり悲喜こもごもだが、なかでもオフィス10の主催
者の方の訃報には驚かされた。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

2022年に拝聴した浪曲・落語・講談の席数は以下の通りだった
(配信視聴分は数に入れていない)。

 

浪曲…300席(うち185席は玉川太福師)

落語…208席

講談…80席

色物他…49席

 

 

浪曲

浪曲界での大きな出来事は、何と言っても5月8日に二代目東家浦太郎
師匠、同月21日に澤孝子先生が逝去されたことだろう。二つの巨星が
間を置かず落ちた現実に愕然とした。浪曲を聴き始めて日が浅いから
かもしれないが、現実感が希薄だ。
浦太郎師匠は病床に伏されて定席を休んでいらして口演に接すること
がほとんどなかった。痛恨である。現役時に是非口演を拝聴したかっ
た。
澤先生は木馬亭定席正月興行にトリで出演され、”蟹”などを聴けるの
ではないかといまだに思ってしまう。
そしてもうお一人、年頭に訃報を伺ったのは浪曲協会参与でいらした
天津妃祥(ひずる)さんだった。
衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。

澤先生のお弟子さん澤勇人さんが10月15日開催の第55回豪華浪曲大会
において三代目広沢菊春を襲名されたことも大きな出来事だった。
澤先生はその晴れ姿をご覧になれなかったが、襲名されることは承知
されていたわけである。
個人的には初めて豪華浪曲大会に参加できたことがとても嬉しかった。

現役曲師の玉川祐子師匠が10月1日に100歳になられて、百寿のお祝い
の会が開催されたことも印象深い。曲師としてではなく、浪曲師とし
て口演されたのが驚異的だ。この会だけではなく、5月の木馬亭定席
企画公演でもトリをとられ同じく『越の海勇蔵』を浪曲師として口演
されている。5月にしては暑い日で満席の客席の熱気が半端なく、客
の方も熱中症で倒れるのではと危ぶまれるなか、最後まで演じ通され
て感動的だった。いずれも曲師は玉川みね子師匠で、終始祐子師匠に
寄り添う音と掛け声が素晴らしかった。
杉江松恋氏筆による伝記本も出版された(『100歳で現役!女性曲師の
波乱万丈人生』光文社2022)ので、浪曲界の生ける宝としてもっと世
間に周知されてほしいと願う次第である。

新宿末廣亭12月中席で初めて「浪曲交互枠」が設けられたのも画期的
歴史的な出来事だった。主任の神田伯山先生の計らいだ。
元々芸協に所属している玉川太福師は勿論、その姉弟玉川奈々福
のみならず、国本はる乃さんが含まれていたのが望外の喜びだった。
恐らく伯山先生が木馬亭定席講談の出番の日にはる乃さんの口演を聴
いての判断ではないだろうか。流石だ。
残念ながら末廣亭デビューには立ち会えなかったが、このまま浪曲
互枠が存続することを願ってやまない。そしていずれ太福師がトリを
取る浪曲メインの寄席興行を切望する。

引き続き東家孝太郎さんにも注目している。10月に開催された、
「温故知新」と銘打たれた木馬亭での独演会は、まさにその名にふさ
わしい盛りだくさんな内容だった。新テーブル掛け披露もあり、倍音
弾き語り浪曲は孝太郎さんにしかできない唯一無二の舞台だ。
ホーメイを筆頭に”音”に比重がおかれた浪曲は孝太郎さんの強みだと
思う。

玉川一門では玉川みね子師匠の若きお弟子さん玉川鈴さんの成長ご活
躍が目覚ましい。曲師の立場で勉強会を主催し、浪曲師をゲストにお
呼びして毎回才能の花を咲かせている。何故か太福師主導の道楽亭で
の会から参加皆勤である(望まれてないのに>笑。何故かタイミングが
合うんです)。今までのゲストはイエス玉川師、東家孝太郎さん、
玉川奈々福師、天中軒景友さんと錚々たる方々で、楽し過ぎる濃い内
容だった。次回もとても楽しみである。


2023年は大利根勝子師匠が引退を表明されて、2月25日に引退興行が
行われることが決定している。残念至極である。万難を排して馳せ参
じようと思う。
過去の名人の音源も含め今年も浪曲に親しんでいきたい。


2017年に初めて口演を拝聴して感激して以来緩く追いかけている
玉川太福さん。今年は去年より口演に接する機会が減ったと思っ
ていたが、あにはからんや増えていた。コロナ禍で中止になって
いた会がいくつか再開したからかもしれない。
以下、生き甲斐すなわちraison d'êtreの記録。

2022年の出来事を抽出。

①3月、芸歴15周年を迎え、木馬亭月例独演会で記念の会を開催
     7年講師を務められた新潮講座最終回
             MCの一人だったTOKYO-FM「ON THE PLANET」終了(涙)
②4月、テーブル掛け5点セット他を贈られる
➂6月、国立演芸場で初独演会。ゲストはなんと山田洋次監督!
     令和3年度花形演芸大賞銀賞受賞式
④8月、一番弟子のわ太さん命名
⑤9月、浪曲日本橋亭初主任。木戸にいらしてたじろぐ
⑥10月、わ太さん初舞台、定席デビューは2023年2月7日に決定。
    その頃二番弟子さんお披露目?
    劇団★ポラリス主催のオペラ劇『THE SPEECH』に主演。
    2023年3月再演決定。
⑦杉並区区政施行90周年記念事業の一環として杉並の偉人である
 『内田秀五郎一代記』を創作、各イベントで口演した。
⑧にわかに激増した”二人会”。神田松鯉先生との二人会は無論至
 極素晴らしく、好きな落語家さんの一人春風亭百栄師との初め
 ての二人会も楽し過ぎた。百栄師とご近所住まいということも
 初耳だった。
⑨創作話芸ユニットソーゾーシーとしての活動は、2020年、2021
 年に実施したクラウドファンディングを成功させての全国ツアー
 を2022年は実施しなかった。恐らく特に個人の活動に力を入れ
 たいメンバーの意向ではないかと”ソーゾー”する。
 

 

(丸数字は聴いた回数、は印象深い演目)

<古典>

清水次郎長伝「石松三十石船」』①
清水次郎長伝「久六とおしゃべり熊」』①
清水次郎長伝「次郎長と法印大五郎」』①
清水次郎長伝「勝五郎の義心」』①
清水次郎長伝「お蝶の焼香場」』①
清水次郎長伝「次郎長の計略」』①
清水次郎長伝「石松代参」』③
清水次郎長伝「本座村為五郎」』①
清水次郎長伝「代官斬り」』①
清水次郎長伝「石松と身受山鎌太郎』①
天保水滸伝「鹿島の棒祭り」』①
天保水滸伝「笹川の花会」』⑥
天保水滸伝「繁蔵売り出す」』②
天保水滸伝「蛇園村斬り込み」』①
天保水滸伝「平手造酒の最期」』①
『青龍刀権次第二話「召し捕り」』②
天保六花撰「河内山と直侍」』①
寛永馬術 梅花の誉れ』②
陸奥間違い』②
『祐天吉松 飛鳥山』④
阿武松』①
『茶碗屋敷』①
阿漕ヶ浦』①
『不破数衛門の芝居見物』④
『松阪城の月』①
中村仲蔵』①
『大石東下りより「武林の粗忽」』②
『忠治山形屋』③
『明石の夜嵐』⑥
『権三と助十』①
『誉の三百石』①
『紺屋高尾』③
原敬の友情』①
『若き日の大浦兼武』②
『死神』(脚本:稲田和浩)③

<新作>
『地べたの二人「おかずの初日」』⑤
『地べたの二人「十五年」』①
『地べたの二人「脱衣所の二人」』①
『地べたの二人「湯船のレボン」』④
『地べたの二人「おかず交換」』②
『地べたの二人「道案内」』①
『地べたの二人「十年」』①
『地べたの二人「湯船の二人」』①
『地べたの二人「愛しのロウリュ」』①
男はつらいよ第一作「恋する寅さん」』③
男はつらいよ第八作「寅次郎恋歌」』①
男はつらいよ第十一作「寅次郎忘れな草」』①
男はつらいよ第十五作「寅次郎相合傘」』①
男はつらいよ第十七作「寅次郎夕焼け小焼け」』⑤
男はつらいよ第二十作「寅次郎頑張れ!」』⑩
男はつらいよ第二十一作「寅次郎我が道を行く」』②
男はつらいよ第二十二作「噂の寅次郎」』④
男はつらいよ第二十三作「翔んでる寅次郎」』⑧
男はつらいよ第二十四作「寅次郎春の夢」』①
『サカナ手本忠臣蔵1「サンゴの廊下」』③
『サカナ手本忠臣蔵2「赤穂城明け渡し~山科閑居」』①
『サカナ手本忠臣蔵3「オオイカ東下り」』②
『サカナ手本忠臣蔵4「赤エイ源蔵徳利の別れ』①
『サカナ手本忠臣蔵5「岡野キンキ門絵図面取り」』②
『サカナ手本忠臣蔵6「魚士討入り」』①
『任侠流れの豚次伝「流山の決闘」』(作:三遊亭白鳥)①
『任侠流れの豚次伝「豚次誕生秩父でブー!」』②
『任侠流れの豚次伝「雨のベルサイユ」』③
『任侠流れの豚次伝「天王寺代官斬り」』①
『任侠流れの豚次伝「男旅牛太郎」』①
『任侠流れの豚次伝「上野掛け取り動物園」』①
『J島S伝』②
浪曲偉人伝』⑥
『サウナ探訪#1』①
『北の国へ’22』③
『悲しみは埼玉に向けて』(作:三遊亭円丈)➂
東海大学落語研究部物語』②
『祐子のセーター』②
『楽しい旅の思い出♪』①
『自転車水滸伝~ペダルとサドル~』②
『問わず唸りの玉川太福』④
『祐子のスマホ』⑮
『小山に行って来ました物語』①
浪花節爺さん』(作:稲田和浩)②
『ご当せん』①
内田秀五郎一代記』①
佐渡へ行って来ました物語』①
『銭湯激戦区』①


清水次郎長
現在月に一度の連続読み続行中。次郎長伝はいわゆる”ダレ場”
もとても面白いがなかなか聴ける機会がない。「久六とおしゃ
べり熊」はダレ場というより外伝じみた話だが、実に初めて
聴くことができて感慨無量だった。
「代官斬り」は次郎長伝の山場のひとつだが、意外にあまり
聴く機会がない。柳家小せん師との二人会でのトリの一席は
客が集中する重力を犇々と感じる熱演で、素晴らし過ぎた。
終演後、自分も含め皆放心状態で帰ったのを覚えている。

任侠流れの豚次伝
5月に道楽亭で五夜連続独演会を開催。次郎長伝と交互に口演
するという偉業だった。配信視聴者200人越え、しかし…?
6月には原作者である三遊亭白鳥師が池袋演芸場主任の際、日
替わりで異なる落語家さんがトリをとる豚次伝連続興行を行い、
奇しくも豚次伝祭り月間となっていた。
豚次伝は極個人的な理由で苦手(内容ではない)だったが、普遍
的な物語性の素晴らしさに遅ればせながら気づかされた。
バカバカしさ(褒め言葉)と任侠の格好良さが同居する奇跡。さ
らに太福師は本家の次郎長伝も演じることが出来る。究極のバ
カバカしさと格好良さを両方演じることができる浪曲師、素敵
過ぎないだろうか?
2023年は「豚次伝の年」で広島で全話連続読み口演を開催する
とのことだが、是非東京でも開催して頂きたいし、演者さんに
とってはかなりの負担になるだろうけれども本格的な次郎長伝
とのダブル連続読みも期待したい。

明石の夜嵐
玉川福太郎師匠の持ちネタで、立川談志家元がお好きだった
浪曲師の一人、東武の十八番だった。歌舞伎の『伊勢音頭
恋寝刃』が元ネタでその前段とのことだが、詳細は不明。
ネタおろし後一時期頻繁に聴いたが徐々に聴かなくなった。
講談の『古市十人斬り』にその段があり、宝井梅湯さんが連続
読み公演をされていたが残念ながら聴く機会に恵まれなかった。

権三と助十』『誉の三百石
6月の浪曲映画祭での口演で、非常に久し振りにかけられたとい
う二題。『誉の三百石』はほぼ講談の『荒川十太夫』にあたる。
とにかく聴けただけで嬉しかった。

紺屋高尾
落語の「高尾」は男性のファンタジー要素が強く感じられて苦手
だが、太福師の「高尾」はとても好きだ。節が自ずとカタルシス
に導いてくれるからだろうか。
十五周年記念の会、誕生日(偶然)、3年振りのペニーレイン寄席
で聴けてことのほか嬉しかった。

男はつらいよ第二十三作「翔んでる寅次郎」
当初は「男はつらいよ」シリーズの良さに気付けなかったが、
太福師がライフワークとして全浪曲化に取り組まれているお
かげで映画を観るうちに気づくことが出来て感謝している。
寅さんの音楽のような台詞の素晴らしさと同時に、「語らな
い」人情の機微が切なく胸に響く作品だ。
中村雅俊大竹しのぶがはまった第二十作「寅次郎頑張れ!」
を頻繁にかけられていたが、桃井かおり布施明の第二十三作
はどんどんデフォルメされていく桃井かおり布施明の歌が肝
だった。いずれも寅さんは脇役じみていたが、2023年初回の第
二十五作は浅丘ルリ子演じるリリーがマドンナの「ハイビスカ
スの花」なので大いに期待できる。

サカナ手本忠臣蔵
手探り状態で始まり終わった?感があるが無事に大団円を迎え
た。とにかくネタおろし口演後の勉強会が至極楽しい会だった。
色々な意見、指摘に感心させられたし感想への反応がすぐ返っ
てくるのが有難かった。
5「岡野キンキ門絵図面取り」のリサイタル展開に度肝を抜かれ、
6「魚士討入り」大団円のまさかの客参加型に爆笑。勉強会でそ
のことを「白鳥師っぽい」と指摘されて不本意な「つーん」顔に
更なる爆笑。「エイエイ魚(うお)ー!」と叫んで一緒に討入る展
開楽し過ぎました。是非通し公演をお願いしたい>らくご@座様

祐子のスマホ
玉川祐子師匠百寿記念、および暮の花形演芸会ネタ出し口演に
向けて頻繁にかけられていた。結果、トータルで15回拝聴しま
した>笑。フルだとカン違いの節が入るのが意外で面白かった。
令和四年度花形演芸会金賞または大賞を受賞されることをお祈
り申し上げます。

忠治山形屋
いつ聴いても素晴らしいが、今秘かに勝手に一番拝聴したいと
思っているのは太福師による国定忠治全編連続読みである。
「忠治唐丸駕籠破り」
「火の車お萬」
「赤城の血煙り」
山形屋乗り込み」
「名月赤城山
を通しで聴く…想像するだけで楽しみ過ぎて眩暈がする。
私が死ぬまでに叶うだろうか?



 

 

《落語》

 

◉2022年も名だたる落語家が物故されたが、なかでも9月に
亡くなった六代目三遊亭圓楽師逝去は印象深かった。
◉チケットをゲットしていたにもかかわらず二度見送ってい
SWAの公演にやっと行けた(チケットは無駄にしたわけでは
なくリセールと譲渡した)。
五街道雲助師一門の会「師弟四景」に初めて伺い、雲助師
の『浪曲社長』を拝聴できたのは望外の喜びだった。
◉11月21日、立川談志家元のご命日に3年振り開催の立川流
志まつりに参加できた。談春志らく師が同じ舞台に立つのを
久し振りに観られて感慨無量だった。
 

<立川談春師>
2010年に初めて生高座に接して以来緩く追いかけている。
2022年は近年かけていなかったネタを積極的にかけている印象
を受けた。『猫定』、慶安太平記、『妲己のお百』『うどん屋
など。
黄金週間に浅草公会堂で連続独演会を行うことが恒例となった
ようだが、全日馳せ参じられなかったのは不徳の致すところで、
妲己のお百』や慶安太平記ネタを聴けなかったのは痛恨。
また、従来のネタの改作に挑み、『死神』『芝浜』はシン・~
と付けたくなるほど改編されていた。ここにきて”闘う談春”再び、
の感がある。
2023年は大河ドラマ出演、弟子のこはるさん真打昇進(小春志
改名)など、注目度が高まることが予想される。何故か九州から
始まる柳家三三師との圓朝噺しばりの二人会も興味深い。続いて
追いかけていきたい。
(中世じゃあるまいし祓わないでほしい)

 

<三遊亭白鳥師>
未来の圓朝と言われ、密かに「無意識のポストモダニスト落語
家」と呼んでいる白鳥師。
6月の池袋演芸場主任の際、異なる演者さんが日替わりで「流れ
の豚次伝」をかける特別興行をプロデュースし、連日立ち見が
出る盛況だった。私は三三師「悲恋かみなり山」の日にしか行
けなかったが改めて白鳥師のストーリーテリング力に感心させ
られた。
11月の鈴本演芸場主任興行では「落語の仮面」まつりを開催。
久し振りに聴く「二人の豊志賀」は楽し過ぎて苦しくなるほど
笑った。
コアなファンの方々が立ち上げたらしい、かつての「ヨチヨチ
スワン」に通じるネタおろしメインの「白鳥の巣」の会はいつ
も刺激的で楽しいのでこれからもできる限り伺いたい。

 

<蜃気楼龍玉師>
オンライン高座はご多分にもれずあまり乗れないのだが、龍玉師
に限ってはリアル高座に比べさほど遜色なく視聴できるのが不思
議だ。恐らく龍玉師のフィクショナルな存在感が理由だと思う。
客席と高座が近くとも現実感が希薄で、容易に虚構世界に入って
いけるうえ、逆説的にフィクションにリアリティを感じることが
出来る。
シブラクで十八番の『豊志賀の死』を配信視聴したが、1時間越え
の熱演で素晴らしかった。
8月の本田久作氏脚色による「牡丹燈籠」3夜連続興行は心が震えた。
恐ろしさ、美しさ、艶めかしさが真に迫ってきて陶然となった。
50歳となり円熟味を増す龍玉師にこれからも注目していきたい。


 

 

《講談》

 

2022年は木馬亭講談会に一度、一龍齋貞橘先生の貞橘会には二度
しか行けなかったことが心残りで宝井琴星先生をもっと拝聴した
かった。宝井梅湯さんが2024(令和六)年春に真打昇進決定とのこと、
お目出度い。

 

<神田松鯉先生>
9月、分不相応なクローズドな会にお声がけ頂き、松鯉先生の貴重
芸談随談と『男の花道』を拝聴する機会に恵まれて非常に有難かっ
た。改めて先生の人物の大きさ奥深さを実感し、その人間性が滲み出
る『男の花道』の気高い報恩の情に涙した。とにかく御声に説得力が
あり過ぎる。
9月28日は先生のお誕生日で、十月大歌舞伎で先生の『荒川十太夫
が歌舞伎化される記念と合わせて、お弟子さんの神田伯山先生と歌
舞伎座で親子会の快挙となった。講談師が歌舞伎座の舞台に立つの
は97年ぶりとのことである。
松鯉先生は過去に歌舞伎役者の時代を過ごされているので何ら遜色
がなかった。人間国宝でいらっしゃるのだから当然かもしれないが。
私はひねくれたワーキングクラス意識で歌舞伎を敬遠しているので、
演芸界の演者さん@歌舞伎座というと、2008年の談志家元と談春
の親子会か、イエス玉川師匠の年明け披露興行(?)の方を身近に感じ
てしまう。
それはともかく先生が主任の夏の怪談興行、冬の義士伝興行にはこ
れからもできる限り伺いたい。


<田辺凌鶴先生>
なかなか会に伺える機会がなく残念至極だが、”ネタのデパート”と称
されるほど古典新作縦横無尽にネタをお持ちで、5月に拝聴した『東
京大空襲』、9月に拝聴したお使いのシェアハウスにお住いの方の実
話を元に創作された『満月の猫』は余韻が残る感動的な講談で、後者
は是非シリーズ化して頂きたいと思った。そしてもっと多くの人に聴
かれるべきで心底勿体ないとも思う。今年はもっと伺える機会が増え
ることを切に願う。