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感想ブログ~演芸(落語・浪曲・講談)etc.~

骰子一擲 /いかに「必然」を・・・

東北関東大震災から一週間が経過した。

行方不明者数・死者数1万数千人以上、未だ不明の人多数、
前代未聞の大災害だ。福島原子力発電所は壊滅状態で、
放射能が極微量ずつ漏れ出している。30キロ圏内の住民に
は避難命令が出た。自衛隊消防庁、東電が決死の覚悟で
鎮静しようとしている。余震はまだあと1カ月は続くらしい。



15日夜には、静岡の方で震度6強の地震があり、こちらは
直下型の地震であった。ニュースによれば被害は少なかっ
たらしい。東海沖地震に備えているからだろうか。


東京も震度4。原発が動かないのでエネルギーが足りなく
なり、東京電力は「計画停電」を実行し始めた。
地域別にグループごとに分け、3時間前後、一斉に停電さ
せるという。それくらい、実際に被害にあった人に比べれ
ば何ということは無いが…電池式ラジオと懐中電灯があれ
ば平気だ。3時間ぐらいだったら普段の睡眠不足を解消す
るのにちょうど良い。人間というのは暗くなると眠くなる
動物なんだと実感させられました。



電池は売り切れ、ガソリンは供給量が少なくなり、常に長
蛇の列で決められた量しか買えない。牛乳パックを作る工
場の半分が茨城にあったので、パック牛乳が流通しなくな
り、常に品切れ状態。これを機にエネルギー源を原子力
外のものに(って今茨城で震度5で、ここも震度3の揺れ…
暫し身構えた)替えることを考えない大馬鹿はいないだろう。



コンサートとかライヴとかイベントとか、ほとんどの興行
的なものは中止(千葉のガラス工場―我孫子だけど、被害に
あったのだろうか―見学も延期。残念だけれど致し方ない)。


そんな中、ある神をも恐れぬ落語家が、独演会を強行(的に)
開催すると言う(しょ、称賛です)。
その立川志らく師(ゴホン)はTwitterで、石原慎太郎失言
都知事がこの大震災を「天罰」と言ったこと(勿論被害に
あった人に言ったわけではないことはすぐ分かるが、何に
せよその言葉は使っちゃ駄目だろう)に対する世間のブーイ
ングの苛烈さに、異議を唱えるツイートをしたら炎上して
しまったらしい(私が見たときはもう鎮静化していた所だった)。



しかし分からない。ネット上は平等だと言う人がいるけれど、
対有名人であろうと何だろうと、「考え方が違う」人間と見
れば罵詈雑言を浴びせても良い、というその思考回路が。

 

とにかく独演会開催の正式発表があり、色々迷ったけれど電
車も動いていたので、少し早く仕事を切り上げさせてもらい、
銀座ブロッサム中央会館に行くことにした。
大規模停電があるとか電車止まるかもしれないとか、余震こわ、
と思いつつ…



「節電のため、車内は空調を止めさせていただいております」
というアナウンス。思うに、都内だったら、電車に暖房なんか
普段から必要ないのではないかと…冷房は分かりませんが。


iPodは音を遮断するのが恐いので、最近買った『十蘭万華鏡』
(河出文庫久生十蘭短編集)を読み始めたら、未読の冒頭の短
『花束町一番地』が無性に面白くて夢中になってしまった。
明治時代の巴里に暮らし、江戸弁で話すお嬢さんがた。たまり
ません。江戸の粋と巴里の粋。十蘭の小説における会話って、
まるで落語だ。



最寄駅の東京メトロ有楽町線の駅で降り、階段を上がるとすぐ
会館が見える。開場前の時間に着いてしまった。やっぱり少し
余裕をもって来ないとね。という人でロビーはいっぱい。


開場後、階ごとにある椅子が設置されている場所で、コンビニ
で買ったおにぎりを食べる(ちなみにコンビニは軒並みカップ
ーメン、パンが売り切れ。おにぎりは中味限定でツナマヨが70
%ぐらい。買ったおにぎりの中味は焼鮭)。



プログラムによると、3席とも前座なしで志らく師が上がると
いう。意気込みがうかがえる。19:00開演、私服のお弟子さん
御二人登場。大規模停電があるかもしれない、との説明。
でも真っ暗になっても志らくは落語をやるでしょう、と。
客拍手。



志らく師登場、Twitterの話等。電気が消えても続けるつもりだ、
わざと真っ暗な中でやった兄弟子もいたことだし(談春師匠が暗
闇の中夢金をやった時のことを指しているらしい)。客爆笑。

 


『看板の一(ピン)』。先月行け(か)なかった一門会でかかった噺。
思わぬ所で聴けた。



『浜野矩随』。江戸の職人がいかにして名工になったかという噺。
矩随が拵える「豚なもの」の羅列―「火男天狗」「椎茸地蔵」等、
爆笑ものだが、「色っぽい豚」「大根に目鼻」って、誰かモデル
でもいるんじゃないかと思わせられる活写ぶり。



『五人廻し』。演じるのが難解であることが、素人にも容易に分か
る噺。廓が舞台で、登場人物の描写が至極難解。クラッシック音楽
で例えれば「超絶技巧」が要求される。一人目の廓(吉原)の由来の
口上から圧倒されて、終わりまで一気に突っ走る狂気(「軍人」が
出てきてしまったのはご愛嬌)。よく破綻しないものだ。感心した
り笑ったり。



最近の師匠の落語(『疝気の虫』『鉄拐』等)は、上級者向けのためか、
正直私にはよく分からず、どう反応していいものか分からなかったの
だが、この独演会では、志らく師の表現者としての凄味が、痛いほど
にひしひしと感じられた。滅多に出会えない「アウラ」(ベンヤミン)
に出会えた幸福感。今日の客は絶対得したと思う(千百人程入る会場で、
完売だったが、その日危険を冒して来たのは半分の五百人ぐらいだっ
た、と後で志らく師が仰っていた)。



幸福感の残滓を味わいつつ、さあ帰ろうとしたが、節電のため暗いこ
と、初めて来たこと、などのせいかはたまた磁場が狂ったのか、新富
の駅がどこだか分からなくなってしまった(徒歩1分なのに)。
ぐるぐる回った揚句、築地警察所があったのでそこに泣きついて教え
てもらった。怪訝な顔をされてしまった(そりゃそうだろう徒歩1分
なんだから)。



やっと駅に着いたら、余震のため東京メトロ全線運転見合わせ…ひぇー、
と思ったら5分後くらいに動いた(ふぅー)。さあ今度はこの駅で中央線
に乗換え…ようと思ったらその駅で人身事故、運転見合わせ…だと…?
何故またこんな時に(「負傷者」を救助、と言っていたので亡くなった
わけではないみたいだ)…あ、隣のホームの似たような路線が動いてい
るのでその電車で帰ることに。30分後くらいに中央線動く。ふぉー。
予定より1時間遅れて無事帰宅。

 


志らく師は「今日は志らく右翼の集会みたいなもんで」と仰っていたが、
やっぱり私は志らく師「だけ」命、とは言えない。しかし、危険を冒し
て行って、悔いのない独演会だったことは確かだ。この行為によって、
何があってもうろたえない覚悟、のようなものを同時にもらったような
気がする。



後で志らく師がTwitterで「嵐山光三郎さん、野末陳平さん、クドカンさん
も来てくれた」とTweetしていた。どんだけ落語好きなんだよ(お前もだ)。



タイトルは言わずと知れたマラルメの詩集から。