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感想ブログ~演芸(落語・浪曲・講談)etc.~

松鯉・太福二人会 その一

2022年2月7日(月)


「しのばず寄席特別興行
  松鯉・太福二人会 その一」
  @お江戸上野広小路亭


神田鯉花『寛永宮本武蔵伝「狼退治」』

神田松鯉赤穂義士外伝「雪江茶入れ」』

玉川太福・玉川みね子
天保水滸伝「笹川の花会」』

~仲入り~

太福・みね子
男はつらいよ第二十作「寅次郎頑張れ!」』

松鯉『寛永馬術「出世の春駒」』

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白手袋は太福さんの手です


夢か奇跡のような二人会。
年頭の「玉川太福”月例”木馬亭独演会」でこの二人会の
チラシを見て硬直し、動悸が早まるのを自覚した。
光の速さで電話予約した(盛りました。翌々日くらいです)。

鯉花さんの高座はとても久し振りだ。
クールビューティーな女優さんのような花の顔(かんばせ)
から緊張感とともに繰り出される狼の遠吠え。
何か居たたまれない気持ちになりつつも聴けてうれしかった。

御二人とも終演後に物販予定の九州の嘉穂劇場で収録した
DVDを意識した演目を一席ずつかけられたようだ。

松鯉先生の一席目は義士外伝「天野屋利兵衛」の前日譚的
な話「雪江茶入れ」。大変に好きな話だが、その理由は名
物器物が主題だからで、冒頭浅野内匠頭が宝物蔵で道具類
を虫干しする場面は垂涎ものである。是非その場に立ち会
いたいと思わずにいられない。

昨年末、末廣亭の恒例松鯉先生主任義士伝興行で、もう一
つの義士外伝『鍔屋宗伴』を拝聴したが、耳目釘付けとな
り全身全霊で聴き入った。とは言え滑稽味が強い寄席で大
いに受けそうな話なので、固唾を飲むような緊張感はまっ
たくなく、気持ちは穏やかだった。

天野屋利兵衛、鍔屋宗伴共に義士ではなく市井の商人である。
その滲み出る静かな義侠心を語るに松鯉先生の声は説得力が
あり過ぎる。まさに”選ばれし声”と言えるだろう。


太福さん(師匠、先生と呼ぶタイミングがまだつかめない)の
一席目は「笹川の花会」。太福さんの古典持ちネタで一、二
を争う程に好きな演目である。曲師がみね子師匠であること
も重要だが、いつ聴いても外れがない。
今席は啖呵のときの表情が明らかに昨年とは違って見えた。
それは特定の人々のためではなく、不特定多数の人々のため
の”スター”の表情だった(やや願望を含む)。

仲入り後太福さんの二席目は昨年末にネタおろしされた「男は
つらいよ」シリーズ第二十作「寅次郎頑張れ!」。
私はいつも事前に映画を観ているが、演者さんにとっては浪曲
で初めて観聴きしてどう思ったか、浪曲を聴いて映画を観たく
なったと思うか、の方が重要だと考えられる。
寄席でかける場合は「男はつらいよ」を知らない客が多数を占
めるが故に、さらなる要約力、訴求(アピール)力が必要となる。
先月に寄席の定席で聴いたが、切口鮮やかな要約力に感心して
しまった。

ネタおろしフルバージョンでは、ワット君が幸子をしくじって
傷心状態で家に帰る際、胸がしめつけられる程に悲哀漂うカン
違いの節があったのだが、短縮バージョンのためか、あるいは
やってみて不要だと思われたのか、それ以来聴いていない。
愁嘆場の後にコントみたいなガス大爆発の場面が来るとは、節の
配置が絶妙至妙だ、と思っていたのだが…聴き手の勝手な思い込
みでしかないのだろうけれども至極残念である。
予習は性分なのでこれからも事前に映画を観ることはやめないが、
客として聴く耳を育てるべきだと改めて思う(太福さんの会に伺い
始めた当初よりは育っていると思いたい)。


松鯉先生二席目トリネタは「出世の春駒」。講談という話芸の
記号のような、目出度くも天晴れな話(落馬して死人が出るのは
除く)で終演。
望むところを成すには自らに恃まずまず馬(人)の心を動かすこと。
御二人とも声という天賦の才と語り芸で人心を動かす力を持して
おられる。


夢のような一夜を過ごさせて頂き、席亭様にも感謝申し上げたい。
この興行主(主催は永谷商事株式会社)だからこそ出演者の出演料が
保証され、非常に良心的な木戸銭が実現しているのだろう。
有難い。
その一、とあるからにはその二にも万難を排して駆け付けたい。