Impression>Critique

感想ブログ~演芸(落語・浪曲・講談)etc.~

談春新春「居残り佐平次」

2017年1月22日
立川談春 新春独演会『居残り佐平次』」
 品川プリンスホテルクラブex




立川ちはる「小噺」
立川こはる『転失気』
立川談春『子ほめ』
~仲入り~
立川談春居残り佐平次




正月3日に行われた国際フォーラム開館20周年
記念イヴェントの一環としての独演会で、
終演後、客を見送りつつ小声で、
「今年は志の輔がPARCOでやらないから…だか
ら品川プリンスで…」と仰っておられたが。

 



11日間連続(間、何日か休演日あり)の独演会。
そもそも何故『居残り佐平次』なのだろうか?

 


品川プリンスホテルはまるで総合娯楽施設の
様相を呈し、華やかである。チケットを発券
していなかったため、敷地内の7-11へ。店員
さんは皆アジア系の外国人の方。




席はランダムに決まる、とのことであったが、
いまいちよくわからない。つまり、運、てい
うことだろうか?



クラブexは、前述したイヴェントの会場のよう
な、イヴェントホール。
またしてもフラットな空間に椅子を並べている。
席は割と後ろの方。
(大体こういう時にくじ運が良かった例しがない)



案の定、高座が見えない。高座への視線上にいる
眼鏡の兄ちゃんが前のめりになったりすると、
まったく見えない。

 


こはるさん(眼鏡をかけている時と、かけていない
時の差は何だろう。客席との距離だろうか)の日替
わりの一席『転失気』。



そして談春師のウォーミングアップ的な演目も日
替わりで今日は『子ほめ』。休演日の前日(金曜日)
には『白井権八』をかけたそうですが…
どうせならそちらがよかった。しかし、中途半端
に短いヴァージョンを聴いても詮無いかもしれない。


とにかく高座がほとんど見えないので、談春師の高
座では初めて拝聴する『子ほめ』の間、多分物凄い
しかめっ面(鬼のような形相とも言う)で談春師を睨
みつけてしまいました。すみません。



仲入り中、席が狭いので、足が鬱血してエコノミー
クラス症候群になってしまいそうだったので足をじ
たばたさせたりなど。
大体の落語会でいつも配られる、独演会や落語会の
チラシ(フライヤー)。
今回初めて、
東博の特別展「茶の湯」(国宝・重文の
茶碗の展示。「井戸の茶碗」「曜変(油滴)天目」ある
よー)と国立近代美術館「茶碗の中の宇宙」(樂家一子
相伝の芸術)のものが混じっていた。

何故だろう。



仲入り後、『居残り佐平次』渾身の90分。
『子ほめ』のマクラで、「会場を貸してくれるのが
品川プリンス。品川宿ねえ、すると『品川心中』は
夏の噺だから、『居残り佐平次』かねえ、ってだけ
で、思い入れも何もござんせん」とか何とか仰って
いたが。




一昨年、シアターコクーンでの三十周年記念落語会
最終公演「もとのその一THE FINAL」で拝聴した

「居残り」より、確実に進化していた。
文七元結』以来の衝撃。



私は「いのさん」というフィクショナルな存在に、
色々な要素をくっつけて認識している。それは主に
ニーチェ哲学(超人、力への意志善悪の彼岸等)を、
バタイユの「エロティシズム」(死に至る生の称揚)
を体現するキャラクターとして。



ハンナ・アレントが残した言葉、
「嫌いなひとの真実よりも、好きなひとの嘘がいい」。
一見乙女チックなこの言葉、実は冷徹な真理なのでは
ないかと考え始めている。




アメリカの人々が最早「自分たちが信じたいものしか
見ない、気に入らないものはすべて嘘っぱちと見なす」
という「悟り」を開き、トランプ氏を大統領に選んだよ
うに、古来から人間の脳を発達させ、情報ツールとして
の言語機能を発達させて来たのが虚構(フィクション)で
あるように。




「虚」をうまく使いこなせることこそが強者の証しなの
である、と。
だから「いのさん」は強い、途轍もなく。どんな世界・
次元でも生きていける可能性がある。しかしその「実存」
は、絶望的に暗い深淵に横たわっている。



談春師はその深淵にかなり近づいているように見えた。
「いのさん」は、須らく穢れ(⇔忌避)、恐怖、不安、狡猾、
孤独、を身に纏い、紛れもなくデモーニッシュな存在とし
て、「そこ」にいた。
心底身震いし、痺れました。



あの「いのさん」に、もう一度、会いたくてたまらない。